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原田真穂「練上げのうつわ展」(2006/04/19)

練上げのうつわを製作する中で、もっとも時間と労力を費やすのが素地土の生成です。特に原田真穂さんの練上げは、細かいパターンが緻密に組み合わさっているのが特徴なので、素地作りにかかる手間は人一倍だとおもいます。

今回の個展であたらしく発表したコーヒーカップ・ソーサーは、練上げのパターンを考える前に、まずカップとソーサーの形状のデザインから始めたそうです。かたちを決めてから、その形状に合う加飾模様(練上げのパターン)をスケッチで煮詰める、という順序で製作されたのでした。作者からその話を聞いたせいか、練上げで表現したモノクロのグラデーションは従で、主役であるカップの直線的なイメージを引き立てているように見えます。

「練上げ」というとモザイク状の図柄に目が奪われがちですが、やきものである以上、日常の生活で使いやすい「うつわ」でなくては機能が果たせません。その点からも、まず形状から入るという作り方は道理に合っています。今回のカップ・ソーサーのような「うつわの形にこだわった練上げ手」が原田真穂の可能性や方向性を示しているように思われます。

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初冬の一日(2005/11/30)

 一昨日、佐賀県武雄市の丸田宗彦(内田皿屋窯)を訪ねて、日帰りの仕入れ旅行をしてきました。実は一週間前に、丸田さんのお宅に電話をしたところ「24日から新潟で個展が始まります。その後すぐに大阪の個展があるので、そのための窯焚きが今日、終わったところです」とのお話を聞いて、催しが全部終わるまで待ってたら年を取っちゃうぞ〜(志ん生の真似)、と九州行きを急遽決めた、というわけです。

 その日は天気が良かったので、ちょうどいい気分転換になりました。丸田さんのお宅に伺うと、ちょうど大阪の個展のための窯出しが済んだところでタイミングばっちりでした。手入れが終わったばかりのうつわが庭先にぎっしり並んでいます。焼きたてのパンを見るような良い光景です。

 店で人気のある食器類を多めに仕入れることが出来たのは、なによりでした。それと新しいかたち絵付けの汲出し碗(料理の小鉢にも好適です)も手に入り、お茶碗も自分の好みにあったものと出合えました。お茶碗は、ほんとうに出合いだと思います。「これ、好きだなあ」と心が動いたらタイミングを逃さずに、そうでないと次は中々来ないものです。

 などと書くと、いかにも即断でお茶碗を仕入れたように聞こえますが、実はその逆で、ほかのうつわの納品書、領収書を書いてもらった後で「これもお願いします」と追加したのでした。おかげで納品書や領収書をもう一枚ずつ書く手数を、丸田さんに掛けてしまいました。まあ、釣りでも最後の一投に大物が来るじゃないですか(ちょっと違うか?)。

 今回仕入れた作品は12月の中旬にこちらに届く予定です。到着したら順次、店の棚に展示したいと思います。丸田宗彦のうつわに興味のあるかた、ぜひお出でください、ご来店をお待ち申し上げます。

イシバシミキコの絵はがき(2005/10/11)

 草堂では、このたび絵はがきの販売を始めました(6枚組840円、税込み)。原画を作成したのは、日本画家でウェブデザイナーでもあるイシバシミキコです。イシバシさんの紹介かたがた、絵はがきを作ることになったいきさつをお話ししたいと思います。

 イシバシさんは、浜野マユミさんと美大生時代からの友人です。だから四年前の浜野さんの初個展に来て頂いたことが、イシバシさんと草堂との縁のはじまりだと思います。それと店で年に数回催している成田洋子さんの朗読会にも、毎回と言っていいほど来て頂いています。イシバシさんのリクエストで宮沢賢治の短編を成田さんが朗読する、そういう企画をした朗読会もありました。

 ことしの春、可愛らしい柄の絵はがきを成田さんに見せてもらいました。

朗読会のお知らせや私信で出すための絵はがきを、成田さんがイシバシさんに製作依頼したそうです。 ほのぼのした味があって洒落ていて、とても上手いなと思いました。つぎに、これは商売をしている者の習い性ですが「この絵は売れる」と思いました。イシバシさんの絵が草堂の商品にならないだろうか……。成田さんの絵はがきのイメージに引っ張られた感がありますが、うちも絵はがきで行こう、という線に決まりました。

 最初の相談を持ち掛けたのが七月だったと思いますが、イシバシさんは快く引き受けてくださいました。それから何度か話し合って、絵柄の内容や全体のバランスを吟味しながら作業を進めてもらいました。幾度か修正しているうちに和風の味わいが濃くなり、それと同時に季節感が明瞭になり、草堂によく合った6枚組の絵はがきが出来上がりました。        
 イシバシさんの絵の特長は、日本画の伝統とイラストの今日性が良いバランスでお互いを引き立てている点だと思います。見たことのある懐かしさと初めて見る新鮮さとが同時にやって来る、一種ふしぎな感覚があります。当HPの『営業案内・リンク』からイシバシさんのHPが見られますので、ぜひ訪問して芸域(?)の広さ深さをご堪能ください。

皿の寸法(2005/08/04)

 日本の食器の寸法は、いまでも三寸、五寸、七寸、一尺がひとつの基準になっていますが、これはおそらく、江戸中期に伊万里焼(有田焼)が全国に普及するのと同時に定着したと思われます。

 伊万里焼とごく近い関係にある鍋島焼は、成形から窯焚きまで佐賀鍋島藩の徹底した管理下で作られたやきものです。鍋島のロクロ職人は五寸なら五寸、七寸なら七寸の皿ばかりを毎日挽き続けるので、トンボ(素地の口径を測る道具)を当てなくても同じ大きさのうつわを正確に作れた、といいます。骨董の世界では鍋島焼は寸法について特に吟味され、中途半端な寸法の鍋島は評価が一段も二段も落ちる、ということを聞きました。

 三寸、五寸、七寸が喜ばれたのは、以上の理由やうつわ本来の用途のほかに、日本人の奇数好きが関係しているように思います(偶数は割れるので縁起が悪い、と結婚式のときに言いますね)。それと、茶の湯でも何かにつけて奇数に数合わせをします。

 現代は江戸時代と生活習慣がちがうので、あまり三寸、五寸……にこだわらなくても良いのではないでしょうか。例として分かりやすいのが三寸皿と四寸皿の比較です。直径が3センチ違うだけですが、面積は1.78倍も広くなります。三寸では醤油のつけ皿や蕎麦の薬味入れの用途に限られますが、四寸になると三寸の使い方に加えて、銘々の取り皿にもなるし菓子皿にも使えます。またグラスの下に敷いてコースターにもなります。実際に使ってみると、四寸、六寸、八寸の便利さをわかっていただけると思います。

 このたび草堂では、柴代直樹の『織部四寸皿』(一枚1890円、税込み)を入荷しました。独特の深い釉調がよく出ています。一枚一枚の表情の違いも、また楽しみです。ぜひ御覧いただきたいと思います。

個展の初日(2005/06/10)

 きょうは『塚本昌生 吹きガラスのうつわ展』の初日です。個展初日は、すべての準備が完了してほっとした気持ちと、スタートを迎えるドキドキした心境が綯い交ぜになって、ふわふわ落ち着かない気分で一日過ごしてしまいます。店を始めて6年近くなりますが、個展前に訪れる「ふわふわドキドキ」の気分は相変わらずです。

 プロ野球選手は、3月末にペナントレースが開幕すると「まず、初ヒットが出るまで落ち着かない」というものらしいですが、個展にも似たところがあります。最初のお客さまのお買い上げがあると、そこでやっと人心地がつけます(9日間あるのだから、ドキドキしっぱなしでは身が持ちません)。

 きょうは、あいにく梅雨入りしてしまって昼前から雨降りですが、うっとうしい空模様だからこそ、清涼感のある塚本さんのガラスのうつわが一層映えると思います。おととし去年と出品して好評だったコップ類に加えて、ことしは皿や鉢、ボウルなどの新アイテムを数多くそろえました。これからの季節にピッタリだと思います。ぜひご来店ください、お待ち申しあげます。

浜野マユミの新作には驚いた。(2005/06/02)

 この八角形で筒状の物体は口径60mm全長240mmで、周囲を巡るみっちりした染付けの絵柄と、それを溶着しているハンダの武骨さに強い存在感があります。昔の文房具のようでもあり、明代に伝わった占いの道具、と言っても通用しそうですが、実はこれ、万華鏡なのです。浜野さんが絵付けをした陶板を用いて万華鏡作家の荒井孝司さんが製作しました。外見は渋くて地味な感じですが、中を覗くと豊潤な色彩の渦に幻惑されます。思わず引き込まれて延々と見続けた挙句、気がつくと首が痛くなっていました。
 荒井さんから聞いたお話ですが、万華鏡は19世紀初めにイギリスで発明されたそうです。イギリス本国ではブームにならなかったのですが、アメリカに渡って様々な改良が加えられて発展しました。万華鏡は瞬間に変わっていく模様の変化が魅力ですが、透過光で見るビーズやガラス玉の色合いが、それ自体でなんともチャーミングです(このパーツ選びが万華鏡作家の腕の見せどころ、でもあるそうです)。
 ペルシャ絨毯の模様のような、聖堂のステンドグラスのような細密で美しい世界がこの筒の中にあるかと思うと、奇術に似たものを感じました。

 浜野さんが万華鏡を陶板で製作しようと思った意図が、ひとつあります。八面のうち一箇所を蛍手にして、側面から光が入る仕掛けにしたのです。洩れる光の粒が微妙なニュアンスになって現れます。荒井さんも「とてもおもしろい効果を出している」と評価してくださいました。それにしても、よく万華鏡に注目したな、と浜野さんの着眼力に改めて驚かされました。

 製作の手間やコストの関係で少量生産になると思われ、常に店にあるということにはならないかもしれませんが、荒井さんに製作をお願いしてあるので来月1日からの個展期間中には何点か展示できると思います。ことしの『浜野マユミ 夏のうつわ展』も、どうぞご期待ください。

片付け、掃除、飾りつけ(2005/05/12)

 明日から『土井善男 初夏のうつわ展』が始まるので、朝からその準備をしていました。まず最初に、通常展示で出ているやきものを片付けます。うちの場合は展示台として使っている李朝家具や衣裳箱の中に収納します。半閉櫃(バンダジ、韓国の衣裳箪笥)は中に仕切りがないから、どんどん入れ込むことができて便利です。小さな店なので商品の収納にはアタマの痛いところですが、半閉櫃にずいぶん助けてもらっています。

 通常展示の品物を片付けたら店の中をいったん掃除して、そして作家から届けられた作品を取り出し、展示を始めます。作品がお客さまから見えやすいように見映えがするようにと、パズルゲームをするように作品を並べては移動をして、何度か試行錯誤を繰り返します。そうしているうちに場所と作品の相性ピッタンコの組み合わせが、一箇所かならず見つかります(当人の思い込みだけかもしれませんが)。それが決まると展示全体のイメージが見えてきて、後の作業が楽になります。言葉で説明するのが難しいのですが、作品を機械的に並べるのではなく、気配や雰囲気を感じるように注意する、ということでしょうか。

 いちおう飾りつけが出来たら、床に落ちているゴミなどを拾って最後の掃除をします。ここまで辿り着けば概ね終了です。飾りつけの終わるころが一番ホッとするひとときです。でも、気が休まるのはこのときだけ、個展初日の前夜は必ず寝不足になるし、当日は緊張のせいか、だいたい体調不良になっています。

作者が語る『原田真穂 練上げのうつわ展』(2005/04/02)

練上げ手の製作工程を簡単に説明します。

1)天草陶土(磁器の原料となる土)に粉末状の顔料を混ぜて、
 数種類の色土を作ります。

2)異なる色土を何層にも重ね合わせて接着し、
  ブロック状にします。

3)全体の水分率が均一になるまで、
  一定期間(ひと月〜三ヶ月)寝かせます。

4)ブロック状の粘土を、5〜7ミリの厚さにカットします。

5)カットした粘土を石膏型に当てて、
  器のかたちに成形します。

6)約一週間かけて乾燥させ、
  素焼き→釉掛け→本焼きをします。

練上げマグ(花)

 お客さまから「金太郎飴の作り方と一緒ですか?」と質問されたことがありました。手順は、だいたい同じだと思います。ただし、練上げでいちばん面倒というか、問題になるのは色土どうしの接着具合です。それぞれの水分率が少しでも違うと、接着面から亀裂が生じて割れてしまいます。それを防ぐために、積み上げた色土を長期間寝かせて水分率が均一になるまで待ちます。

 色土の発色は、混ぜ込む顔料の多少で決まりますが、少量でも濃く発色するもの、逆にたくさん入れても色が薄いものと様々なので、事前にテストピースを焼いて作りたい色を出すための適量を知っておくことが必要になります。
 パターンは、クロッキー帳に色鉛筆で彩色しながら考えます。幾何学模様の図案が多いのは、自分が着る服でも直線的な柄が好きなので、その趣味が出ているのだと思います。そういえば、今日もボーダー柄のシャツを着ていますね。

『催しのおしらせ』(2005/03/19)

 草堂では四月から七月まで、月に一回のペースで個展を開催します。作家はいずれも作品を店で常設展示をしている方々ですが、催しのおしらせを兼ねて簡単にプロフィールと作品の紹介をします。

「練上げのうつわ展」(4月1日〜10日)
一昨年以来二回目の開催です。原田真穂さんは、熊本で制作活動をしている二十代の女性です。練上げ手は製作に根気が要るやきもので(素地を作るため色土を幾層にも積んだ後に、水分率が一定になるまで三ヵ月は寝かせるそうです)、そのうえ独特な幾何学パターンを考案して実作していく能力は、中々のものだと思います。ポップな色使いも個性を強く主張しています。

「初夏のうつわ展」(5月13日〜22日)

毎年五月に開催して、今年で三回目になりました。土井善男さんは大学(京都精華大)のゼミでロクロに専心、卒業後に弟子入りした先でもロクロ作業に明け暮れた経歴の持ち主で、現在は京都府亀岡市に工房を構える、職工としての技術が信頼できる作り手です。作品の中心は青白磁のシンプルなうつわですが、その分アウトラインやディテールに緊張感とメリハリをつけて、静かな美しさを表出させています。

「吹きガラスのうつわ展」(6月10日〜19日)
今年で三回目になりました。塚本昌生さんは熊本や京都のガラス工房で修行した後、愛媛県砥部町で独立しました。塚本さんのガラスコップは、手で握ったときの感触の良さが特長だと思います(やきものに通じる温かさを感じます)。飴色を帯びたやわらかな色合いも魅力です。今年の個展では皿や鉢などのうつわも多めに展示しますので、ご期待ください。

「夏のうつわ展」(7月1日〜10日)
今回で五回目の開催ですが、年毎に盛況で店としても有難いことです。浜野マユミさんは武蔵野美大で日本画を修めた後、有田窯業大学校で二年間学び、卒業制作で優秀賞を受賞しました。有田伝統の描法を踏まえながら、描くモチーフはペンギン、ワイヤープラントなど独特のセンスで選ばれたものばかり……、「ありそうでない」浜野さんの世界が展開されています。また、江戸時代にあった伝統技法の「糸切り成形」を復元して作った桃皿など、成形方法にも独自性があります。

では、どうぞお越しください。お待ち申しあげます。

『あたらしい絵柄』(2005/02/15)

 このたび入荷した浜野さんの豆皿に、あたらしい絵柄のものが幾つかあったので紹介します。左上はニワトリと椿の花です。今回のニワトリは丸くてオモチャっぽい感じで可愛い。以前の(と言っても、継続して製作していますが)ニワトリは明の赤絵に似ていました。それにしてもニワトリと椿の組み合わせにはどういう意味が?こんど聞いておきます。

 右上は鯛の乗った山車(だし)です。有名なお祭りの『唐津くんち』で町内を引き回す山車のなかに、こういう鯛の山車がありました。兜や龍など巨大フィギュア(?) を載せた勇ましい山車が多い中に、目のクリッとした真っ赤の鯛の山車は異色で、色彩的にもひときわ目立った存在でした。
 
 その下は、月見をしている二羽のうさぎです。うさぎも、浜野さんは何種類か描き分けています。そう言えば、うさぎ文様の陶磁器を中心にコレクションされているお客さまがいらっしゃいました。Googleなどの検索サイトで「うさぎの陶磁器」と入力すれば、そのかたのHPが発見できると思います。


 その隣の、中央下は雛祭りの絵柄です。この絵は、五弁の輪花鉢やそば猪口に描かれた『五節句』(正月、雛祭り、端午の節句、七夕、重陽の節句)の一部です。内裏様とお雛様がまっすぐでなく、すこし傾いて踊っているような感じに表情があって、柔らかでいいと思いました。
 その左は子犬の絵です。まるまる太ってポヤーンとした感じですが、こののんびりした子犬、どこかで見たことあるな……と思いませんか?長沢蘆雪の有名な牛の絵がありますね、その大きな牛にちょこんと寄り掛かっている子犬じゃないか、と僕は思うのですが。違うかな。これも今度、浜野さんに聞いておかなくては。
 手のひらに乗る小品ですが、一個一個の絵を楽しみながら、いろいろ想像すると飽きないものだと思いました。

『食器のたのしさ』(2005/01/21)


粉引唐津沓向付け(丸田宗彦)

 丸田宗彦の食器は、草堂で扱っている商品のなかでも特に人気があります。昨年の暮れに行なった店の催しの間にお客さまのお話をうかがって、丸田さんのファン層が広いことを改めて知りました。やきもの好き骨董好きの人はもとより、一般家庭の主婦からプロの料理人まで幅広い層に支持されていることが、なにより陶芸作家丸田宗彦の魅力だと思います。

 丸田さんの食器の特長は「古唐津の様式を踏まえながら、現代の食生活に適している」ことではないでしょうか。実用性では、食器の重なり(スタッキングstacking)が良好なことがあります。手作りの食器はイレギュラーな形状が多いので重なりが悪く、ご家庭の食器棚に収納しにくい場合があるのですが、丸田さんのうつわはコンパクトに重なるので、その心配がありません(向付けや皿など五客そろえて桐箱に収めますが、その桐箱が他の作家より一回り小さいのはそのためでしょう)

 うつわと出合った時に「あぁ、この食器に○○を盛りたいなあ……」と想像を働かせるのが、食器選びの楽しさだと思います。それと、見立てで本来とは違った使い方で楽しむこともできます(丸田さんの汲出し椀はたっぷり大振りなので、小鉢や飯椀として使われるかたが多いそうです)。
 
 唐津焼は茶懐石のもの……と決めつけずに、ご家庭の食卓に一度、取り入れてごらんになったらいかがでしょうか。唐津焼は見た目が地味で渋いので「気難しい頑固者」の印象がありますが、付きあってみると「意外と気さくで、面倒見のいいやつ」だと思います。

『草堂の唐津と備前』(2004/11/22)

 草堂が開業したのは1999年の秋、ことしで五周年を迎えました。僕は商売をするのが初めてだったので、取り敢えず自分の好きなものから手がけようと思い、それで『備前と唐津の店』という副題を付けました。それも備前、唐津を手広く扱うのではなく、自分の好きな作家だけに絞りたいと思いました。それにしても、商売の経験なしにこれから店を始める男が「商売の取引をお願いしたい」と申し出て、それを作家の皆さんが快諾してくださったことは、いま思い出しても大変ありがたいことだと感謝しています。

 備前と唐津は創業以来の店の看板ですが、うちのように半地下の小さい店の中が備前と唐津だけで埋まってしまうと、重苦しく暗い雰囲気になる危険があります。店内の展示は異質のものが複数組み合わさって、それぞれがお互いを引き立て良く見せることが大事で、それはちょうど家庭の食卓に陶器あり磁器あり漆器ありガラスがあって、初めてバランスが取れるのと同じだと思います。

 と言うものの、ときには通常営業と違ってアンバランスな面を表出してもいいのではないかと思うこともあり、開店五周年記念企画として12月の約二週間、唐津と備前の雰囲気を濃厚に出した催しを開催することにしました。タイトルの『草堂の唐津と備前』には、「自分のおもう唐津、備前とはこれです」という気持ちが入っています。「世間に色々な唐津や備前が出回っていますが、草堂がお奨めする唐津、備前はこれです」と言う、店としての宣言、というか声明というか。もちろん営業ですから、売上げも期待しています。皆様、ご来店をお待ちしております。よろしくお願い申しあげます。

作者が語る『柴代直樹 秋のうつわ展』(2004/10/18)

 おもに織部釉をつかった製作をしています。焼成のたびに仕上がりが違うので、それが難しくて面白い点でもあります。最初のテストで「あっ、いいな」というものが取れても、次回から失敗の連続になることもたびたびです。でも、失敗のなかに思いがけない発見があったり、これを良くしていったらどういうものが完成するか、などと新しい方向が見つかったり、作るごとに深みに嵌る感じがあって興味が尽きません。

 窯詰めをするときに、高台の下に貝殻を敷いて棚板に据えます。これは焼成中に釉薬が流れて棚板とやきものがくっつかないようにするためです。それと意図的にうつわを貝で斜めに傾けて、釉薬の流れで景色をつくる効果もねらっています。貝を敷いて窯詰めする作業は、けっこう疲れます。それに窯出し後の仕上げは手間がかかって大変は大変ですが、思いがけない効果が出たときのうれしさには代えられません。

 窯出ししたばかりの織部釉のうつわは表面が酸化皮膜で覆われているので、釉薬が厚くかかったところはガンメタリック風の黒くてツヤのある色をしています。織部独特の緑色とはかなり違います。それを、クヌギの実のヘタを水に漬け込んだものに数日入れておくと、膜が剥がれて深みのある緑色がはじめて見えてくるのです。この作業をクヌギではなく塩酸などで処理するひとが多いようですが、やっぱり昔ながらのやり方のほうが、手間はかかりますが、良い味が出るような気がします。

 同じ釉薬を使っても、土とのマッチングで発色が全然変わるし、窯の焚きかたや冷却の方法を違えればまた変わるし、窯出し後の作業でまた変わる。その組み合わせは無限にあります。そのなかから自分の目指している織部の色を探すのが面白い。そのために窯焚きを工夫して、窯の力を最大限に活かしたいと思っています。窯の仕事は特に大事だとおもいます。だから陶器を『やきもの』と呼ぶんじゃないでしょうか。

片口のぐい呑み(2004/09/05)

 中国ではぐい呑みを『スズメの子』にたとえて説明する、と聞いた憶えがあります。スズメの子はからだが小さくても、くちばしも羽も脚もぜんぶ親鳥と似たかたちにそろっている。ぐい呑みも同じように、口造りや見込みの広がり、高台の削り、土あじと釉調、全体の姿かたち……、小さな造形のなかに多くの見どころを備えている、という意味だと思います。

  ぐい呑みがスズメの子なら、その親は抹茶碗でしょうか。ぐい呑みでも出来がいいものは、たしかに抹茶碗と似た風情があります。写真だけを見たのでは茶碗と錯覚するぐい呑みもあります。ただし茶碗とぐい呑みでは作りが一箇所大きく違うところがあって、それは飲み口の位置です。お茶碗は正面を避けて飲む作法なので、正面より右90度付近が飲み口になっています。対してぐい呑みは飲み口が正面にあります。正面を見ながらそのまま口に運ぶのが、ぐい呑みの正しい扱い方だそうです。


粉引片口ぐい呑み(左:川上清美、右:丸田宗彦)
 片口は盛り鉢として、また本来の用途の注器としても人気のうつわなので、全国で幅広く作られています。しかし抹茶碗で有名な片口といったら、その産地は唐津です。代表としては『離駒(はなれごま)』の銘がついた、有名な奥高麗の片口茶碗があります(柵などに馬を繋ぐことを「口を取る」と言うのですが、このお茶碗は注口が付いているので「口が取れていない」、したがって『離駒』と名付けられたそうです)。

 そういう有名なお茶碗があるせいか、唐津では片口のぐい呑みがよく作られます。草堂でも人気のアイテムのひとつです。
 川上さんや丸田さんのところにお邪魔して、作品展示室に片口のぐい呑みがあると必ず、と言っていいほど頒けて頂きます。「片口が好きですねぇ……」と言われてしまいますが、本当に好きなのは僕でなくウチのお客さん、なんですけど。
  お客さまから聞いた話ですが、そのかたは片口ぐい呑みに塩辛を入れ、小鉢代わりに使って晩酌を始めます。そして塩辛を食べ終わったら、そこに熱燗を注いで、塩辛酒、というのでしょうか、そのように楽しんでいられるそうです。「でもそれをすると、つい慌てて塩辛を早く食っちゃうんだよね」だそうです。

※箸の問題(2004/08/03)

 草堂では大黒屋(墨田区東向島)の江戸木箸を、開店以来あつかっています。紫檀、黒檀、たがやさん(鉄刀木)などの天然木の素材に仕上げも天然うるしを用いて丁寧につくられた、良心的でお勧めできる箸です。
 テレビでは相変わらず旅番組やグルメ番組が多いのですが、見ていて気になるのが食事をするタレントの箸の持ち方、扱い方です。番組制作のスタッフがなぜ注意をしないのか、いつも苛々してしまいます。若い子だから許されるという問題ではありませんが、『グルメ番組御用達』の某中年(初老か?)タレントの、まことに怪しげな箸の持ち方を見てしまっては「これは、親の世代が悪い!」と断じざるを得ない。

 きのう(8月2日)の『SMAP×SMAP』にゲスト出演していたキャメロン・ディアスが、あたりまえのように箸を使いこなしていました。中居くんが「箸の使い方が上手ですね!」と感じ入ったように何回も褒めていましたが、外人だから箸の扱いに苦労するだろう、と考えるのは偏見でしょう。逆に、日本人といえども習わなければ(教えてもらわなければ)正しい箸の扱いができない、と思ったほうがいいのではないでしょうか。自然に覚えられることではないのです。

 以前、新聞のコラムで読みましたが、箸置きを用いると箸を正しく持つ習慣がつくそうです。@右の親指と人差し指で、箸の頭をつまんで数センチ持ち上げる、A左の手のひらを差し入れて、掬い上げるように箸を受ける、B右手の指を添える(あらためてやってみると、お茶の柄杓の扱いに似ています)。箸置きを使うということは、気取ったり高級感を演出するためだけではなかったのでした。
最後に、ふたたび店の宣伝。草堂では箸置きも数種類あつかっています。食卓の彩りに、箸の正しい持ち方をマスターするためにも、どうぞお備えください。

『浜野マユミ 夏のうつわ展』余話(2004/07/12)

 九日の正午過ぎ、作品搬入のために浜野さんが店に着きました。自動車から荷を降ろし、梱包を解き作品を出しながら「おっ、これいいね!」「これ、僕がほしい……」と見るたびに手が止まり、なかなか作業が進まない有り様です。店の人間が商品にいちいち興奮してどーする?とお叱りを受けそうですが、そのくらい今回の作品には斬新さと感動がありました。

  「三回目の去年をひとつの区切りとして、ことしの個展はあたらしいものを中心に展示したい」と、店側の希望を浜野さんに伝えたのが一月下旬か二月の初めだったとおもいます。頼むほうは気楽なものですが、作り手の立場にすれば中々の難題だとおもいます(こちらは、言うほど簡単ではない、という程度にしか想像できません……)。それと半年の期限は、長いようで意外と短いものです。僕の言う『あたらしいもの』を浜野さんがどう解釈して、それを半年間で具現するか、とても楽しみでした。作るほうは大変だったとおもいますが。


ワイヤープラント唐草文様(大皿の部分)

 今回搬入された作品の80%以上は『新作』でした(去年の個展になかったもの、という意味で)。それも絵柄が新しいだけでなく、うつわのかたち自体新しいのがたくさんありました。そして(いつものことですが)完成度とグレードが極めて高いところで揃っています。新作だから出来が甘い、仕事の詰め具合がイマイチ、というものがありません。もうひとつ感心したのは、新作がどれも草堂に似合っていることです。『草堂で開催する浜野マユミの個展』の意味が、それぞれの作品から強く感じられます。浜野さんに感謝する気持ちと、「この仕事をやっていてヨカッタ」という幸福感で、開催前からすでに満足状態。荷開けをしながら、ひとつひとつに僕が見入ってしまったのも、浜野さんの作品が好きな方ならお分かりいただけるとおもいます。

 おかげさまで初日、二日目と大勢のお客さまにご来店いただき、昨年にも増して盛況な幕開けになりました。早くも一部、売り切れてしまったものもありますが、まだまだ作品が豊富にそろっております。会期中に是非ご来店ください、お待ち申しあげます。
※作者の来店日は13日(火)、17日(土)、18日(日)です。

浜野マユミ 夏のうつわ展(2004/07/04)

 浜野さんの個展(7月10日より19日まで)が、ことしで四回目を迎えました。草堂が開店して4年8ヶ月ですから、店の歴史とほぼ重なります。回を重ねるにつれて、より多くのお客さまにご来場いただくようになり、たいへんありがたいことだと思っています。

 浜野さんは、武蔵野美術大学美術学科(日本画専攻)を卒業後、佐賀県立有田窯業大学校に進学して陶磁器の製造技術を学びました(ぼくが浜野さんと知り合ったのもその頃です)。窯業大学校での、最初の製作実習で彼女が作ったスープ皿がすでに、きわめてオリジナリティーの強い作品だったのを憶えています。アイデアが秀逸なうえに完成度が高かった点も印象に残りました。

 卒業制作では、江戸時代、有田に伝えられながら現在では途絶えてしまった技法『糸切り成形』を研究、再現して優秀賞を受賞しています(『糸切り成形』になぜ興味を持ったのか、さきほど浜野さんに電話で質問したところ面白い話を聞きました。いきさつを全部書くと長くなるので割愛しますが、知りたい方は個展会場で本人から直かにお聞きください)。現在、商品になっている桃形の皿や六角形の皿は、その『糸切り成形』でつくられたものです。石膏型に鋳込んで作られる素地では得られない、繊細で柔らかな表情が魅力的です。

 もちろん絵付けの面白さ、上手さもおおきな特長です。ネコの絵柄を例にすると、キャラクターっぽくならず単純化しすぎず、からだの線はリアルだが細かいところは適度に省略されて、ありそうだけど探してみると中々ない絵だと思います(そのうえ、二年前のネコと最近のネコでは、かなり違ってきているのです)。

 そういえば一時期、裁ちバサミをよく描いていましたが、浜野さんの『マイ・ブーム』を作品の中から発見するのも、ひとつの楽しみです(などと書くと、エキセントリックなイメージを強調してしまいますが、実際の浜野マユミさんはたいへん穏やかで思慮深く、もの静かな二十代の女性作家です)。

 個展を開催するにあたっては、作品をお買上げいただいたお客さまが直かに作者自身に会ってお話し頂く機会を設けたい、という店からの希望もあります。そうすれば、浜野マユミの作品がさらに面白く、好きになっていただけると思うからです。どうぞ、ご来店ください。お待ちしております(作家の来店日は10日、11日、13日、17日、18日です)。

塚本昌生 吹きガラスのうつわ展(2004/06/13)

 数年前にガラスの作品を店で扱いたい、と思い始めた頃はガラス関係の催しを重点的に見に行ったものです。ところが、ふだん備前や唐津など地味なものを見慣れているせいでしょうか、ガラス工芸家の作品はその多くが、かたちや色の個性が前面に出ていて、こちらにアピールしてくる強さは理解できますが、その一方でどうにも馴染めない雰囲気を感じてしまいます。面白さや魅力を感じるものの、では自分の店に置いてみたらどうか?と考えると、なかなか合うものが見つかりません。

規模の大きなお店ならば様々なバリエーションを展開することも可能でしょうが、うちのような小さな店でアレモコレモをやっては分裂を起こしてしまいます。商品のメインは備前、唐津、染付けなどの陶磁器です。それらと並べて置いて違和感のない(さらに希望を言えば、お互いを引き立てあうような)ガラスのうつわを作っている作家がいないだろうか……、と思案していたときに、いいタイミングで友人から塚本昌生さんを紹介してもらいました。それが2年前の6月です。
 そのとき塚本さんの個展が『スペースDew』(世田谷区世田谷)で開催中だったので、すぐに見に行きました。奇を衒わないシンプルな造形、手に取ると心地よさが伝わってくるデリケートな感触、どの作品も表情は控えめですが、じんわりと来るものがあります。「いやぁ、やっとここで会えたか……」という感慨がひろがりました。そしてスペースDewの今井さんに、訪問した経緯をお話しして諒解をいただいた後、塚本さんに電話をして取引のお願いをしました。

贔屓の引き倒しにならないよう、なるべく客観的な採点をしても、草堂で扱うガラスは塚本昌生でやっぱり正解、と今でも思っていますし、ますますそう思えてくる、というのが2年たっての正直な感想です。だから、今回の個展は僕自身とても楽しみにしています。

作者が語る『土井善男 初夏のうつわ展』(2004/05/16)

 李朝のやきものが好きなので、自分の作品にもそういう味わいというか、豊かさのようなものが出ないだろうか、それをするにはどうしたらいいか、ということを考えました。でも200年、300年前に朝鮮半島で暮らしていたひとの生活と、現代日本でいま生きている僕の暮らしは、全然ではないにしてもかなり違うわけでしょう。僕がつくる食器は、いま生活する人にとって使いやすいことが大切で、李朝のやきものに似ているかどうかは、言わば隠し味のようなものでいいと思います。

 李朝のフォルムや釉薬の調子は魅力ですが、それをそのまま写しても現代の食生活で便利に使えないものが大半だと思います。今回、マット状の乳白釉のものを初めて出しました。李朝のものにも失透釉のうつわがありますが、それは失透の釉調をねらったというより焼成があまい結果、釉薬が溶けきっていないのです。もしそれと同じ作りかたをしたら脆くて割れやすいし、一回使っただけで醤油やソースが染みてしまいます。でも、あの優しい表情は魅力的です、実用できるものにしたいと思って乳白釉を調合して焼成しました。商品として出す前に自家用の食器として半年間使っていますが、ソースや油の染みはつきません。実用上も問題ないし、最初に考えていた雰囲気がほぼ出せたと思います。

 釉薬だけではなく、かたちや大きさも使いやすいことが肝要だとおもいます。李朝のオリジナルを再現する、というよりも使いやすくて形状もきれいで、しかしよく見ると李朝の雰囲気も感じられる、そういう食器がつくりたいと思っています。買っていただいたお客さまが、何日か何週間か使い続けるうちに「この食器を作ったひとは、ひょっとして李朝が好きなのかなぁ……」と思ってくださったら、それがいちばん理想的な、自分なりの李朝の表現だと考えています。

土井善男のうつわ(2004/05/02)

 『土井善男 初夏のうつわ展』を去年と同時期(5月15日〜23日)に開催します。作者の略歴はご案内のDMに載せていますので、扱っている店として気がついたこと思うことを中心に、土井さんのうつわの紹介をいたします。

 うちでの土井さんの食器の購買層は、ほとんどが女性客それも主婦の方です。
そして、繰り返してお買上げいただくリピーターが多いのも特長です。主婦のお客さまは、実用品として毎日うつわを使うためか、見ていて「選び方が実践的で合理的だなぁ」と感心してしまいます。どういうことかと言うと、シミュレーションをされるのです。何枚か重ねて持ってみて重さをたしかめる、食器棚に出し入れする動作をしてみる、スタッキング(重なり具合)が良いかをチェックする、等々。さらに使い回しできる用途のひろさがあるか、もし破損したときに買い足しのできる価格かどうか、洗ったときに布巾が引っ掛るようなガサガサしたものはダメ(口縁の釉薬切れなど)……、と審査項目は続くのですが、毎日使うものであるからこそ具体的な注文があり、それがもの選びの基準になっているのでしょうね。

 そういう主婦層をリピーターに持つ土井さんの食器は、かなりのものだと言えるのではないでしょうか。それと、オリジナリティということで言いますと、青白磁でありながら造形や釉調で温かみを出し、磁器の冷たい、硬い、のマイナスイメージを感じない工夫がほどこされています。高台を削り出したカンナ跡を残すなど、李朝や初期伊万里のおおらかさに重なるイメージもあります。

  今回の個展では従来の青白磁に加え、あたらしく調合した釉薬をつかった作品も展示いたします。土井善男のあたらしい作風にも、どうぞご注目ください。

 

五年目の穴窯(2004/04/07)

 三月の初めに、丸田さんは登り窯と穴窯を続けて焚いたそうです(厳密に言うと、登り窯を焚き終わって一日休みを入れた、とのことですが)。それにしてもすごい集中力、体力だとおもいました。「登り窯と穴窯では焚き方が違うので飽きないし、焚いている間にもああしよう、こうしようっていろいろ考えるから面白いですよ」とは焚いている当人、丸田さんの言葉ですから、確かにそうなんだろうけれど……。

 五年前の九月に、店を始めるにあたって、陶芸作家のところへ取引のお願いに伺いました。丸田さんのお宅を訪れたときに、最近つくったばかりの穴窯の話題になりました。以前から使っている登り窯の左隣りに半地下式の穴窯を築き、それがほぼ完成したということです。「まえから、やってみたかったんですよ、絵唐津や粉引を穴窯で焼いたらどんなふうに上がるか。灰被りも結構出るだろうし、それもたのしみです」初窯は翌年の一月になるだろう、とお聞きしたのをおぼえています。以後、何度か仕入れにお邪魔していますが、穴窯で焼いた絵唐津や粉引は確かに、以前のものと違った印象です。粉引にくっきりと火色が出たり、絵唐津の絵の上に灰が降ったり、または窯変が出たり、野趣あふれる、といいますか、力強い焼き上がりのものが増えたとおもいます。
穴窯(皿屋川登窯)の焚き口。

 登り窯は十六世紀半ば、朝鮮半島からの渡来人によってわが国に伝えられたといいます。そして登り窯を使って彼らがつくったやきものこそ、唐津焼の始まりといわれています。登り窯は、従来の穴窯にくらべて多くのメリットがあります。熱効率がよいので薪が節約できること、いちどに大量の素地を窯詰めして焼成できること、高温焼成が可能なため、硬くて丈夫な製品ができるようになったこと、などです。当時の登り窯は『安くて丈夫なやきもの』を生み出す、最新のハイテク設備だったのです。

 ガスや灯油、電気などが熱源の窯をつかう陶芸家が多い現代では、登り窯は経費のかかるぜいたくな窯といえるでしょう。けれど、赤松の薪で焼かれた器肌の味わいは、やきものの魅力そのものではないでしょうか。労力もコストも嵩みますが、よりよいやきものを狙って冒険する価値はあります。そして穴窯は、登り窯より非効率で歩留まりの悪い分、さらに『冒険指数』が高くなります。打率よりホームランを狙ったロングヒッター、というところでしょうか。それだけに、癖がつよくて御し難いのでしょうが、それも丸田さんが言うと「だから、面白いんです」になってしまいます。


展示室からの景色。右の屋根が窯場です。

  丸田さんのお宅に伺うと、面白くてためになるおはなしが次々出てくるので、申し訳ないと思いながら、ついつい長居してしまいます(川上さんのお宅でも、そうなんですが……)。そして会話の折々に「思いどおりにいかないから、遣り甲斐がある」、「いろいろ考えて、工夫して、そういうのが楽しいですね」などのことばを聞くにつけ、丸田さんの言う『おもしろい』『たのしい』の、深さ広さに思い至ります。そしてそれは丸田宗彦の仕事の、深さ広さに繋がっているのだろうとおもいます。


「井戸のぐい呑み」
(2004/03/16)

 3月15日に川上さんのお宅をたずね、展示室で初めて見たものがありました。井戸のぐい呑みです。一年前に伺ったとき川上さんに、井戸茶碗について質問したことを思い出しました。5,6年前にいちど挑戦してみたものの、うまくいかなかったので、現在でも井戸茶碗は懸案中、とのことでした。そのときの川上さんの話し振りは「中断ではなく、絶えず案を練りつづけている」という様子でした。

 井戸は、いわば茶碗の王、茶人にとっていちばんの憧れであり、特別なおもいが籠められています。「茶碗をひとつ持つなら井戸、それも最高のものを……」とねがう、やきもの愛好家、お茶人は多いことでしょう。それゆえ『井戸』は憧れと同時に、きびしい審美眼に晒され、批評される対象でもあります。それだけに『井戸』は陶工にとってもおいそれと手が出せる代物ではないのです。相撲ではありませんが、『心気体』の充実した陶工が、取り組んで初めて到達しうる、最高峰に位置する存在ではないでしょうか。
 静かに穏やかに『井戸』を語る川上さんですが、静かなほど懸ける想いのつよさが伝わってきます。数年まえの試作以来、ひとつの理想に向かって歩み続けているのでしょう。茶碗の完成はまだですが、最近『井戸』のぐい呑みを作り始めた、とのことです。土と釉薬の相性や、焼き上がりを確かめるための実験的な意味もありますが、ちいさなぐい呑みの造形のなかに『川上井戸』の息吹が感じられます。あかるい枇杷色の肌、高台まわりの梅華皮(かいらぎ)、胴をめぐるロクロ目、見込みの茶溜りなどの約束ごとも押さえながら、きゅうくつにならず自然なたたずまいを見せているのです。

 川上清美が井戸茶碗を発表するのは慎重の上にも慎重を期して、それこそ満を持しての登場になることでしょう。それが何年先のことかわかりませんが、それまでは愛らしくも凛とした井戸のぐい呑みを供に、そのときを待ちたいとおもいます。
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